生け花教室を口コミなどから分析!

国内最大の生け花流派「池坊」

300以上ある生け花の流派、三大流派と言われるのは

日本の伝統的な芸能や芸道には、さまざまな流派があり、家元というものが存在します。家元が現在でも残っているものには武術や武道、華道、茶道、書道、能楽、日本舞踊などがあります。

家元というのはそれぞれの流派の統率を行っている家もしくは人間のことです。一般的には流派の中心として家元がおり、その周りに中心となる宗家がいます。

生け花の場合には流派が非常に細かく300以上あると言われています。その中でも最も有名な流派として「池坊」「草月流」「小原流」の三つが日本で代表的な三大流派と言われています。

九つの役枝で構成される「立花」

三大流派のうち、池坊は日本で最も古い歴史を持ち、そして現在最も大きな規模の流派です。草木の造り出す命の美しさを根源として、その美しさをいける技を現在に伝えています。

池坊いけばなには3つのスタイルがあります。

立花は室町時代に成立した最も古い様式で座敷飾りとして定着したあと、江戸時代に豪華なものになっていきました。当初の立花は、真・副・副請・真隠・見越・流枝・前置という七つの役枝で構成されていました。江戸時代には九つの役枝で構成されるようになり、幹作りが確立され大型化していきました。

床の間を飾るために生み出された「生花」

生花は江戸時代中期に床の間を飾るものとして生まれ、庶民の間に広がっていきました。三つの役枝が定まり、生花の型が江戸時代後期に作られました。明治時代にその規範が作られ、習いやすいものとして広く普及していきました。今日における生け花の広がりはこのころに普及したことから起こっています。現在では新たな様式としての規範が発表されており、より柔軟な発想によっていけられるようになっています。

新しい時代に対応するために作られた「自由花」

自由花は明治時代以降に作られた新しいスタイルです。従来行われていた立花や生花に加えて誕生したもので、当初は「応用花」と呼ばれていました。

こうしたスタイルのもととなっているのは、投入壷にいける「投入」や水盤にいける「盛花」と呼ばれるものです。この背景には、日本人の住宅事情が大きく変化して行ったことがあります。住居が洋室化していくにつれて花を生ける場所が変化して行ったことがあります。従来の床の間ではなく、洋風の空間に対応するいけばなとして自由花が発展していったのです。

華道は古くから続く伝統的なものであるというイメージが強いかもしれません。しかし、実際は現行の形態に近い華道が成立した室町時代から、わたしたち日本人の生活様式に対応して変化してきているものなのです。

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