花と人の歴史 現在の華道の起こりは
人類が供えた最古の花の歴史
人類と花の歴史は非常に古く、その歴史は今から3万年以上も前のイラク最北部から見つかっています。シャニダール洞窟と呼ばれるこの遺跡の内部からはネアンデルタール人の遺骨が発見されました。この遺骨の周辺の土壌からは花粉が発見されており、諸説あるもののこれが人類最古の葬儀なのではないかと言われています。
植物と人間の関係というのは日本にも古くからあります。記録に残っているものとしては、仏教の伝来によって仏前に供花が行われるようになったことがあります。
自然とともに生きてきた日本人の自然観
また日本人の独特の宗教観もあります。日本人が古くから持っていた宗教観として八百万の神、というものがあります。万物には神が存在しており、山や岩、樹木などにも神が宿っていると考えてきたのです。
現在でも多くの神社においてそうした信仰を見ることができます。古くからある岩や樹木に注連縄が貼ってあることがあります。これは人間の寿命よりもはるかに長くそこにある岩や樹木などの自然物に対して敬意を払い、またそこに神や精霊がいると考えてきたのです。
そのため、伝統的な日本家屋には自然を感じることのできる庭が多くあります。人工的に作られた池や水の音を感じることができる水琴窟、ししおどしなどです。
また植物についても古くから親しまれてきました。はるか飛鳥時代から多くの和歌集にも花を詠んだ歌が多く収録されています。日本は四季折々の花が楽しめる国であり、そうした花というものを屋内でも楽しもうという文化が室町時代から発展してきたのです。
室町時代に成立した華道という芸術
日本での華道が成立したのは室町時代のことです。室町時代は現在にも残る日本の伝統的な文化の原型が形成された時代でもあります。
現在の床の間の原型がこのころに作られ、そこに花が飾られるようになりました。「生け花の達人」として歴史に最初に登場したのは六角堂の池坊專慶だと言われています。「碧山目録」の文章には1462年、專慶が草花数十枝を金瓶に挿し京都で評判になったという記録が残っています。その後も1542年に池坊專応が花伝書を著して立花の理論を体系化したと言われています。
近現代の華道の変遷と広がり
その後江戸時代を通じて、華道は上流階級や武士などの特権階級のものから庶民のものへと変わっていきました。町民文化として広がっていった華道は、明治時代になって大きな変化を遂げます。文明開化とともに日本の伝統的な華道は一時衰退していったのです。しかし、政府が女子教育に華道を正式に導入したことから、それまで主に男性によって行われてきた華道は女性にも親しまれることになりました。生活様式が変化していくにつれて生け花の様相も変わっていきました。
西洋の花をいけたり、伝統的な床の間にのみいけるのではなく、欧米の建築様式にも対応して花がいけられるようになったのです。
現在では、日本国内に華道の流派は300以上もあると言われています。多くの教室があり、以前よりも気軽に習うことができるようになりました。
なにか習い事を始めてみたいという場合には、華道教室に通うことを検討してみてはいかがでしょうか。









